2011年06月18日

石巻市慰霊祭

震災から100日目の今日6月18日、
東日本大震災犠牲者の霊を慰める石巻市慰霊祭が
石巻市南境の総合運動公園特設テント会場で執り行われました。
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6月17日現在、石巻市の死者は3,101人となっており
行方不明者は4月現在のまとめでおよそ2,800人となっています。
今日午前10時30分から行われた慰霊祭には、
この度の震災で犠牲となった方々の遺族等が多数参列し
テント内と屋外のあわせておよそ4,000席は満席となりました。

亀山紘石巻市長は式辞で
「私達は亡くなられた方々の無念の魂にお応えできるよう、
復興にあたっては災害に強いまちづくり、産業・経済の再生、
絆と協働による共鳴社会の構築を基本理念に、
新しい石巻市を創造していくことを誓います。」
と述べました。

また、慰霊祭には、
菅直人内閣総理大臣の代理として松本龍防災担当大臣はじめ、
横路孝弘衆議院議長、西岡武夫参議院議長らが
参列し追悼の言葉を述べました。

このあと遺族代表の言葉を石巻市の石川佳洋さんが述べ、
市内各地区代表7人による献花が行われました。

石川さんの言葉です。

「あの悪夢の様な津波によって
両親と息子を一瞬のうちに失ってしまった。
三ヶ月が経過したが未だに信じることが出来ずにいる。
また、助けることが出来なかった事を責め続け、
心に負った傷は生涯癒される事はないと思う。

それでも私達は将来に希望を持ち、
明日に向かって家庭を支え
一日、一日少しだけ笑顔が増えることを信じて、
自分の人生を切り開いて行かなければならない。

大きな被害を受けた石巻市が元の歴史ある街として
復興していくように、お役に立つことが
亡くなられた人達へのなによりの
供養であると信じています。」


このあと参列者全員による献花が行われ
白いカーネーションを祭壇前の献花台に手向け、
涙を流しながら手を合わせていました。

参列された市民の一人は、
「生き残った我々は
亡くなった人達の分も頑張って生きて行かなければならない、
この悲しみはまだ癒えることはないが
想い出を大切に前を向いていきたい。」と話していました。




あらためて、東日本大震災で犠牲となられた方々のご冥福をお祈りいたします。


ラジオ石巻 高橋幸枝
posted by ラジオ石巻 at 14:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月14日

3カ月たっても…自分の目で確認する大切さ

 先日、石巻市街地から湊―渡波を通り、女川―雄勝―河北の
各被災地を見て回りました。それまで女川までは足を踏み入れ、
悲惨な状況を目にしたのですが、そこから先は「未知」の
場所だったこともあり、海沿いに車を走らせました。
 
 次第に復旧してきたとはいえ、浜の集落は消え、
目に入ってくるのは瓦礫、また瓦礫でした。
大震災発生から3カ月近く経過した時でさえこの惨状ですから、
発生当初は想像を絶する被害だったのでしょう。
既に新聞の写真やテレビの映像などでは知っていましたが、
目の当たりにして愕然としました。
 
 女川と雄勝を結ぶリアスブルーラインの出発点となる
女川町崎山公園に立ち寄ってみました。
ここには太平洋戦争の女川湾海戦で戦死したカナダ人兵士の
パイロットだったロバート・ハンプトン・グレー大尉を祭る
慰霊碑が建立されていましたが、巨大地震によってその石碑が倒れ、
無残な姿に変わっていました。

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強い揺れで倒れたままの慰霊碑

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大震災前の慰霊碑。眼下の女川湾で
激戦が繰り広げられた


慰霊碑は戦後、カナダ国の要請に基づき女川町が場所提供しカナダが建立。
いわば女川町民の寛大な心により敵国兵士を祭ったものです。
同所の安全が確保された後、カナダ国による早期の復旧を望みたいものです。
 
 
 また、崎山公園から見下ろす女川湾口に設けられていた大きな防波堤は
すっかり破壊され消滅していました。大津波の恐ろしさを物語る光景でした。
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大津波により防波堤は簡単に打ち砕かれ
消えてしまった

 
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大震災前、女川湾口には
防波堤が設けられていた


 今回の被災地訪問を通じて、自分の目で確認することの重要性を
あらためて知らせられました。


 専務取締役 鈴木孝也
posted by ラジオ石巻 at 09:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

浜崎貴司さん!

昨日は
浜崎貴司さんのライブに行ってきました。
イオン石巻で行われたフリーライブ。

浜崎貴司さんは
1990年 フライングキッズでデビュー
現在はソロアーティストとしても活動されています。

そんな浜崎さんですが
福島県の猪苗代で行われた
福島支援イベント
「GAMBAROUZO!ふくしま」が終わってから
この石巻に立ち寄ってくれました。

ラジオ石巻にも出演して
生演奏とうたを届けてくれたのです。

ライブはスタッフとして行ったんだけど
結局立っていられなくて
後ろの席で
ひとりで泣きながら聞きました。
周りにたくさんの人がいたのに
ちゃんとひとりぼっちになれた。

あんなにひとりぼっちだったのは
生まれてきてからはじめてだったかもしれない。

あのとき
うたと私しかなくって
頭の奥がしびれる感じ。

いままで
誰にも言ったことのない
ほんとうにしょうもない
わたしの
たったひとつの本当が

「あの日の前に戻りたい」
だったのがわかった。

書いてて
しょうもないなってやっぱり思うけれど

声が
深くまで
しずんで

なんか懐かしいような
いろんな映像がいっぱいうかんできた。

子どもみたいに
きちんと泣いた

笑うのも大事だけど
たまには泣くのも大事だね(笑)
泣いてもちゃんと大丈夫なんだって
なんかよくわからないけどほっとした。

心がとってもほくほくしております。

やっぱり
音楽ってすごい
こんなことしか言えないけど
ほんとに。
音楽ってなんだ!


浜崎さーん
福島猪苗代でのライブから石巻まで足をのばして
音楽を届けてくださいまして
本当にありがとうございました。


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ラジオ石巻 武山未来
posted by ラジオ石巻 at 22:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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