2011年07月05日

老舗の「白謙かまぼこ店」門脇工場再開

 東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻市門脇地区。

門脇にある石巻の老舗のかまぼこ店「白謙かまぼこ店」の主力工場、門脇工場も津波の影響で

工場内も1.5メートル浸水し生産を中止、復旧作業にあたってきました。

今日第一工場のラインが再開し全面的なモニター販売を開始しました。

ラジオ石巻では、昨日から始まった「復興へ1・2・3、はつらつ・らじいしワイド」の中で

紹介しました。中継車「ラジ石号」が門脇工場にお邪魔し生放送で、白謙かまぼこ店、白出征三社長

に阿部紗織アナウンサーが(フリー)が話を聞きました。
CIMG0350.JPG
白出社長(左)に話を聞く阿部アナウンサー(右)午後1時半


この中で、白出社長は「これまで立町工場で生産してきましたが売り切れが早く、皆さまにご迷惑を

お掛けしました。皆様のお陰で門脇工場が再開、今日から全面的にモニター販売出来るようになりま

した。こんなに早くモニター販売出来るとは思っていませんでした。通販、インターネット販売、お

中元もスタートしました。どうぞご利用ください」と

さらに「今日から第二工場の整備に入り10月までフル生産に入れる予定です」と話しています。

昨日からスタートした「復興へ1・2・3!はつらつ・らじいしワイド」にふさわしい話題でした。

          放送局長  沖津省己
posted by ラジオ石巻 at 15:06| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月23日

[ 「復興へ1・2・3!ハツラツ・ラジ石ワイド」7月4日スタート。

 復興へ1・2・3! ハツラツ・ラジ石ワイド
   
  7月4日スタート(月〜金)
  
  放送時間:13時〜18時

ラジオ石巻では、「復興」をキーワードに、パーソナリティーの個性を生かし、

市民が参加する情報番組「復興へ1・2・3!ラジ石ワイド」をスタートさせます。番組では、パー

ソナリティーが市民とつなぐ「あなたの出番です」。又、気象情報、ニュース、生活関連情報などを

演歌、歌謡曲、オールデーズなどの音楽とともに放送します。パーソナリティー・音楽ジャンルは

日替わりです。

月曜日:後藤優子   音楽全般

火曜日:佐々木恵真  歌謡曲全般

水曜日:三国裕子   オールデーズなど洋楽

木曜日:浅野直美   叙情歌・唱歌・童謡など日本のメロディー

金曜日:鈴木元気   演歌
                                 以上
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2011年06月22日

東松島市慰霊祭

平成23年6月18日、
東松島市矢本 航空自衛隊松島基地において、
平成23年東日本大震災東松島市慰霊祭が行われました。
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東松島市では、これまでに1038人が死亡し、147人が行方不明となっています。
また、現在でも1500人以上の方が避難所生活をしています。

慰霊祭には、およそ4000人が参列し、黙祷をささげ、
犠牲者の冥福を祈りました。

東松島市阿部秀保市長は式辞で
「今回の震災が東松島市に与えた影響は計り知れず、
 復興への道のりは長く、決して平坦なものではありません。
 しかし、すべての市民のみなさんが、
 一日も早く元の生活に戻り、
 地域が再び活力がみなぎるように、
 しっかりと手を携え
 『がんばろう 東松島』のスローガンのもと、
 必ず復興するんだという強い意志と、
 固い絆を持って、懸命にそして
 着実に前へ進んでまいります。」と誓いました。

また、遺族代表として、
野蒜地区 亀岡東区長の和泉勝夫さんが言葉をのべました。

和泉さんは、地震後すぐ、避難所にて避難者の受け入れを行っていたそうです。

和泉さんの言葉です。

「私はあの震災にあい、『助かった』という感覚は未だにありません。
 何でこうなってしまったのだろうか、という悔しさ、悲しさの想いが強いのです。
 確かに、あの状況で生きていたこと自体、奇跡でした。
 しかし、母を自宅で、また、母を思う妻は自宅に駆けつける途中で
 大津波にあい、帰らぬ人となりました。
 未曾有の災害であり、後悔しても始まりませんが、
 一緒にいてやれなかったことが残念であります。

 地域の親しい友人や、一緒に活動した仲間など、
 多くの命が一瞬のうちに犠牲になり、
 いたたまれない気持ちでこれまですごしてまいりました。

 震災による体の傷は癒えても、心には大きな穴があいたままです。
 それは私達遺族全員の思いでもあります。
 
 しかし、残された者、生かされたものの使命として、
 亡くなった人たちの分まで
 精一杯生きていかなくてはいけないと思います」
 

このあと、参列者全員が献花を行い、
祭壇に白い菊を手向け、
犠牲者を偲びました。

参列したのは、犠牲となった方に縁のある市民の皆さん、
自衛隊、消防、警察などの関係機関の皆さん、
そして、多くの自衛隊員の皆さんでした。



会場となった航空自衛隊松島基地も甚大な被害がありました。
慰霊祭当日、正門を通ると、
詰め所には、2メートルくらいの高さに、
水平に黒いビニールテープが貼られていて、
「東日本大震災大津波冠水記録」とありました。
基地内は流れてきた車こそ撤去されていたものの、
ガラスは割れたまま、被害のあった建物も
壊れたままのところが多く見受けられました。

会場の格納庫も、
外壁には、高さ2メートル弱のところに、
津波が来た跡がのこっており、
さらに外壁は高さ30センチほどのところで
建物ぐるりと内側にひしゃげており、
津波の恐ろしさを静かに物語っていました。


犠牲になられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

ラジオ石巻 後藤恭子


posted by ラジオ石巻 at 10:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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