茨城県下妻市から下妻青年会議所のメンバーを中心とした25人が今日、石巻に来てくれました。
約1000食のうどんの材料と下妻市からの救援物資をトラックに詰めて。
到着したメンバーは、
石巻駅北口で、お昼に炊き出しを行ってくださいました。
わかめとねぎと揚げ玉をたっぷり入れた熱々のおうどん。
本当にたくさんの方のおいしい笑顔と
感謝の声が聞かれました。
作業着姿で仲間とうどんを食べていたお兄さんは、
「水につかった荷物や畳の片付けをしていたので午後からの作業の励みになる」と。
小学生かな、男の子も
「とってもおいしい。遠くからきてくれたんだよね」って、お話してくれました。
下妻青年会議所の柴信一さんは、
朝、車の中から石巻の街を見て被害の大きさに「息ができないような、胸の苦しさを感じた」と話してくれました。
「テレビの世界で、ただ見ていただけのものが現実になった痛みだ」と。
到着してから、お昼の炊き出しの時間まで
1軒1軒をたずねて炊き出しについて声がけした柴さんには
たくさんの「ありがとう」と「感謝します」の声。
「本当にその言葉だけで来てよかった」と、笑顔で語ってくれた柴さん。
胸の苦しみは少し晴れただろうか。
「温かいものを食べてほしい、それが、やるべきことだって思ったんです。」
ありがとうございます。
おなかがあったかくなると、こころもあったかくなるとおもうから。
とってもあったかくなるとおもうから。
本当にありがとうございました。
ラジオ石巻 武山未来


私は神奈川県在住の為ラジオ石巻さんの放送を聴く事ができませんが、石巻市に友人の従姉妹がいます。そして今現在も安否の確認が取れず心を痛めております。
三ツ股付近まで逃げた頃に津波が押し寄せてどこかの屋上に避難したようです。救助されたらしいという情報まではわかったのですが、救助された後にどこへ避難したのかが不明のままです。
同じように近くのGSの屋上に避難し、救助されたがどこへ避難したか不明の人のスレを見かけたり、友人の捜索活動の手伝いをしている中で『救助された方のその後の足取り』という情報が全く無い事に気づきました。混乱の中の救助ですから仕方ない事かもしれません。しかし、3週間も経って未だに新たな情報が入ってこない事に焦りを感じます。救助された人は市内の避難所ではないかもしれないという情報もあります。避難所名簿も全てが公開されていません。被災者の方に自分から連絡を取る手段が無かったら?石巻に戻れずにいる状態だったら?ご家族の方は心配で仕方ないと思います。『救助されてから私は○○避難所に入所したよ』などの情報を求める呼びかけをして頂いたりする事は出来ませんでしょうか。或いは救助活動の情報そのものでも・・。ただ、その内容をお伝えして頂いてもそれを聞く事が私にはできませんが・・。もし可能であればこのブログでその事を知る事ができたら・・とも思います。友人の別の親戚が石巻の避難所にいて探しておられるので、ラジオを聞いていて貰えれば新しい情報として捜索できるのではないかと思います。
まだまだたくさんの方の消息がわかっていません。一日も早く、一人でも多くの方の安否がわかればと思い書き込みさせて頂きました。
長文で勝手な事を申し上げて大変申し訳ございません。何卒ご理解ご協力をお願い致します。
これからも石巻市民の頼れるラジオ石巻でいて下さい!!
ブログを読んでいただきありがとうございます。
安否の確認が取れず不安なお気持ちお察しいたします。
ラジオ石巻では安否確認情報の呼びかけを放送しておりました。
大変お手数ではございますが、まずはradio@fm764.jpまでメールでお寄せ頂きたくお願いいたします。
依頼者のご住所・お名前
呼びかけたい方のご住所・お名前
そしてメッセージをお書きください。
お名前にはフリガナをお書き添えください。
よろしくお願いします。
つながることを願っています。