平成23年6月18日、
東松島市矢本 航空自衛隊松島基地において、
平成23年東日本大震災東松島市慰霊祭が行われました。

東松島市では、これまでに1038人が死亡し、147人が行方不明となっています。
また、現在でも1500人以上の方が避難所生活をしています。
慰霊祭には、およそ4000人が参列し、黙祷をささげ、
犠牲者の冥福を祈りました。
東松島市阿部秀保市長は式辞で
「今回の震災が東松島市に与えた影響は計り知れず、
復興への道のりは長く、決して平坦なものではありません。
しかし、すべての市民のみなさんが、
一日も早く元の生活に戻り、
地域が再び活力がみなぎるように、
しっかりと手を携え
『がんばろう 東松島』のスローガンのもと、
必ず復興するんだという強い意志と、
固い絆を持って、懸命にそして
着実に前へ進んでまいります。」と誓いました。
また、遺族代表として、
野蒜地区 亀岡東区長の和泉勝夫さんが言葉をのべました。
和泉さんは、地震後すぐ、避難所にて避難者の受け入れを行っていたそうです。
和泉さんの言葉です。
「私はあの震災にあい、『助かった』という感覚は未だにありません。
何でこうなってしまったのだろうか、という悔しさ、悲しさの想いが強いのです。
確かに、あの状況で生きていたこと自体、奇跡でした。
しかし、母を自宅で、また、母を思う妻は自宅に駆けつける途中で
大津波にあい、帰らぬ人となりました。
未曾有の災害であり、後悔しても始まりませんが、
一緒にいてやれなかったことが残念であります。
地域の親しい友人や、一緒に活動した仲間など、
多くの命が一瞬のうちに犠牲になり、
いたたまれない気持ちでこれまですごしてまいりました。
震災による体の傷は癒えても、心には大きな穴があいたままです。
それは私達遺族全員の思いでもあります。
しかし、残された者、生かされたものの使命として、
亡くなった人たちの分まで
精一杯生きていかなくてはいけないと思います」
このあと、参列者全員が献花を行い、
祭壇に白い菊を手向け、
犠牲者を偲びました。
参列したのは、犠牲となった方に縁のある市民の皆さん、
自衛隊、消防、警察などの関係機関の皆さん、
そして、多くの自衛隊員の皆さんでした。
会場となった航空自衛隊松島基地も甚大な被害がありました。
慰霊祭当日、正門を通ると、
詰め所には、2メートルくらいの高さに、
水平に黒いビニールテープが貼られていて、
「東日本大震災大津波冠水記録」とありました。
基地内は流れてきた車こそ撤去されていたものの、
ガラスは割れたまま、被害のあった建物も
壊れたままのところが多く見受けられました。
会場の格納庫も、
外壁には、高さ2メートル弱のところに、
津波が来た跡がのこっており、
さらに外壁は高さ30センチほどのところで
建物ぐるりと内側にひしゃげており、
津波の恐ろしさを静かに物語っていました。
犠牲になられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
ラジオ石巻 後藤恭子
posted by ラジオ石巻 at 10:33|
Comment(0)
|
日記
|

|