2011年03月31日

鹿児島大学教授と災害と復興について対談

 大震災発生から21日目の3月31日(木)、石巻市丸井戸
にあるラジオ石巻Aスタジオで鹿児島大学教授の山田誠さん(64)
をゲストに招き、災害と復興について語り合いました。
 山田さんは香川県生まれ。経済学専攻で、地域政策や高齢者政策
などが専門ですが、先頃の奄美豪雨では災害プロジェクトに加わるなど
防災学、特に復興計画にも詳しい方です。
 今回はかつて大地震被害の遭った福岡県の玄海島や新潟県の旧山古志村
(長岡市)を視察後、29日、車で石巻入りしました。主に女川町と石巻市
北上地区を見て回り、その惨状の物凄さに驚いていました。対談では現状
報告の後、今後の復興などを中心に生放送で伝えました。生活再建に向け
被災者の前向きな考え、産業界の積極的な取り組み、国・県の支援、大局
的なビジョン作りの必要性などを訴えておりました。30分余にわたる話は
大変貴重なアドバイスで、最後にコミュニティFM放送の大切さも指摘し
ていただきました。
 防災学に詳しい人を探していたところ、ラジオ石巻番組審議会委員長の
石巻専修大学教授・大津幸一さんから山田さんを紹介していただきました。
 この日はいつもの市役所特設スタジオのほか、局内Aスタジオも使い
2元中継体制で放送しました。
鈴木局長山田教授.jpg
対談する山田教授(右)

専務取締役放送局長 鈴木孝也
posted by ラジオ石巻 at 18:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「助けて!」「家が流れて来る! 」「安否確認」メールを読む。震災直後の放送。

CIMG0299.JPG
 震災直後地震情報を伝える高橋幸恵アナ(3月11日午後3時23分撮影)

 私は局社2階で、午後3時からのアナウンス教室に備えて原稿に目を通していた。地震、強い揺

れ、今まで経験したことのない揺れ、少し弱くなったかなと思った瞬間再び強い揺れ、建物が壊れる

のではないかと思った。棚から物が飛んで来る。ものすごく長く感じた。外を見ると建物が崩壊

している。
CIMG0295.JPG
 地震後の局内(午後3時12分撮影)

局アナの一人、高橋幸恵アナがスタジオに入り地震情報などを伝える。

その後、停電、自家発電に切り替え放送、局内は足の踏み場もないほど資料、CDが床に散乱。

人が歩ける所だけ整理する。

5時以降、停電などの影響もありスタジオ内のパソコンも接続せず、情報入手が出来ない状態に。

無線ランのパソコン1台使用可能。そのパソコンを持って私がスタジオに入る。初めインターネット

からの情報を伝え、その後メールに変更、情報を呼び掛けると続々入ってきた。

メールを読み上げる。その一部です。

 *「助けて!湊2丁目〇ー〇です。〇〇です。津波で家から出られません、今2階にいます。
 
1階は水没です壊滅的です、家が流れて来ます。」

*「〇〇です。母親は津波にのまれました。向かいにも人がいます」

 *「鹿妻小学校からの連絡途絶えています。安否が心配です。小学校に避難の方連絡ください。」

 *矢本は冠水のため交通がマヒしています。病院職員ですが病院まであと500Mのところにいま  
  すが車でも歩きでも病院へ向かう事ができません。透析室、病院の皆さん無事ですか?

 *大瓜字小福地○○○の〇〇です。パパ大丈夫ですか?パパ以外とは連絡取れて無事です。パパの安否

  が確認出来ず心配です。

スタジオでは被害状況が分からず、リスナーからのメールで大変なことになっていることが分か

った。

時間が経つにつれて、救助を求めるメールから安否を確認するメールに変わってきた。

テレビ局勤務の長かった私にとって、このようなメールを読み上げる経験は勿論初めてのこと。

「一人でも多くの情報を伝えよう」。メールを読んでいる時も強い余震、中断し高橋アナが注意事

項を伝える。日没、スタジオの中は暗くなる。自家発電は機器のみに対応。高橋アナは懐中電灯

の灯りを、私はパソコンの画面の明かりで伝えていく。メールを読み始めて2時間近く経ったところ

で放送中断。送信所のトラブルか。技術担当の今野が送信所のある日和山に向かうが津波の

襲来で道路は寸断。水は引いたのではと日和山に何度も向うが、全て通行止め。

放送を明らめなければいけない事態に。

多くの人達が唯一頼りにしているラジオからの情報。悔しい!


スタジオを出て、局社2階の事務室に、窓から見える門脇方面の空は真赤、火災が発生している。

局の前の国道108号線に水が流れてくる。どんどん水かさが増える。玄関から水が入って来ないよ

うにゴミ袋に新聞紙などを詰め込んで土のうの変りに置く。幸い局社の土台が国道よりも高く

難を免れたものの緊張した瞬間でもあった。

車の中で一夜を過ごし、翌日仙台に戻る。停電でテレビも見られない。河北新報朝刊で被害状況を

知る。大震災、放送中断、情報を最後まで伝えられなかった事、日が経つにつれ悔いが残る。

(ラジオ石巻アナウンス教室・民謡番組担当:沖津省己)
posted by ラジオ石巻 at 15:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

今日の嬉しかったこと。

石巻市役所のスタジオに今日、
神奈川県平塚市のみなさんからあたたかいメッセージが届きました。
大蔵律子市長をはじめ市民のみなさんから152通の手書きのメッセージ。
本当に励まされました。
ここでもすこし紹介させてください。

「日本中のみんなが応援してます。頑張れ石巻」
「頑張ってください、明るい明日を信じています。」
「私を育ててくれた宮城県のみなさんどうかしのいでください、愛してるぞ!東北!」
「心配しないで、あなたはひとりじゃない。」
「希望を捨てずに生きてください、皆さんと気持ちは一緒です。」
「今は大変ですが笑顔は忘れないでください。」
「本当に大変だと思いますが、頑張ってください。またきっといいことがあります。」

みなさんからの励ましのお言葉1つ1つを大切に今日から紹介させて頂いておりました。

私も、今日はアシスタントをしながら
メッセージを見させてもらっていたのですが
「おいっ!!がんばれよ」というメッセージには
背中をポンとたたいてもらったような気がしました。

ありがとうございます。
てがきの文字があたたかくって、心がほぐれました。
みなさんから頂いた気持ちを届けられるように
明日からもまた頑張ります。

ありがとう、石巻は今日も元気です。
強がりだとしても言わせてください。
ありがとう、石巻は明日もきっと元気です。

ラジオ石巻 武山未来
posted by ラジオ石巻 at 19:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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